『ここから始まる』は北川昇さんによる人気の無伴奏作品です。
「和音とその練習法について詳しく知りたい」というリクエストをいただきましたので、それと関連する内容を中心に、練習・演奏のポイントを解説したいと思います。
『ここから始まる』を演奏予定の方、今練習しているという方は参考にしていただけると思います。
ぜひ最後までご覧ください。
もくじ
『ここから始まる』の練習番号
楽譜には練習番号(【A】【B】…)がつけられていないので、練習を始める前につけておきましょう。
あくまで一例ですが、私は次のようにつけました。
- 【A】…1小節 “(わたし)には”
- 【B】…11小節 “(ま)だ”
- 【C】…19小節 “(せかいの)とびらに”
- 【D】…30小節 “(わたし)には”
- 【E】…40小節 “(い)ままで”
- 【F】…48小節 “(じかんの)まどに”
- 【G】…59小節 “(き)は”
- 【H】…67小節 “(ゆ)めを”
- 【I】…75小節 “(きこえ)る”
- 【J】…82小節 “(こ)こから”
※()内はアウフタクトを示します。
練習番号をつけることで、曲の構成の見通しが良くなり、場面ごとにどのような表現が求められるかという点も明確になりやすくなります。
また、「次は【B】から練習します!」などと使えるので、練習の進行もスムーズになります。
次からは、練習番号ごとにポイントの解説をしていきます。
【A】出だしに集中!
まずは曲の冒頭、入りに集中しましょう。
アウフタクト(”わたし”)はユニゾン、つまり全パートが同じ音を歌います。ここで4パートの音がピッタリと揃うように。
出だしはとても重要で、この部分のクオリティが演奏全体の印象を左右すると言っても過言ではありません。
ピッチを合わせるのはもちろんですが、裏拍始まりなのでタイミング、そしてテンポ感の共有が必要です。
指揮者の動作も含めて、何度も繰り返しておくことが必須な部分です。
“には”まで進むと、ユニゾンから四声に広がり、ハーモニーが作られます。こういったところが四部合唱・アカペラ作品の大きな魅力ですね。
ソプラノが”は”に降りたところで和音(=G)が完成することをあわせて意識しておきましょう。
【B】響きの変化を感じてみよう
【B】の入りはホ短調、つまり暗い響きになっています。雰囲気の変化を感じながら歌いましょう。
“まだみたことのない”という歌詩に滲む不安が現れているようですね。
この部分の男声のヴォカリーズ注目すると、完全5度の音程(「ミ-シ」)となっています。ここを男声だけで歌ってみましょう。よく共鳴して、ボワーンという響きが感じられると思います。これが和音の土台になります。
ベースはしばらく「ミ」で伸ばし続けます。これによって全体的な短調の響きがキープされます。このように、1つの音を伸ばし続ける音をペダルノートと言います。料理で言えば「出汁」のように、全体の雰囲気に効いてきます。
そんなベースに対して、テノールには動きがあります。これによって和音が変化し、音楽に推進力を与えています。テノールはの人、ただ自分の音を出すだけでなく、ベースが伸ばしている音との関係性も感じながら歌いましょう。具体的には、11小節は最初に言ったように完全5度。12小節は「ミ-レ」の短7度から「ミ-ド」の短6度という流れです。
続いて、17~18小節にかけてはベースだけで完全5度を作っています。「ド-ソ」→「シ-ファ♯」という連続5度は、“鼓動”という言葉にリンクしているようですね。
【C】タテの揃いを意識
“とびらにノックして”からは、のフレーズはタテの揃いを意識してみましょう。
ソプラノ&テナー、アルト&ベースという組み合わせで掛け合いとなっています。タイミングだけでなく、言葉の伝え方の統一ができると良いと思います。
例えば”とびらに”という言葉を伝えるためには、t子音を少し強調して飛ばす必要がありますが、この子音の強さやニュアンスまで意識すると、作曲家の思い描いたサウンドを実現できそうです。
22小節の”しりたかったこと”では、男声が半拍先取りして、表拍で入ります。続く女声は裏拍です。このズレが心地よいものとなるようにしましょう。
さらに23小節でソプラノ、ベースがロングトーンに入ってからは内声のタテがそろいます。タイミングとともに、ハーモニーにも着目しましょう。内声に関してはEm(「ミ-ソ-シ」)の和音のアルペジオの形となっています。一方、伸ばしているパートは、音が下がってこないように。特に臨時記号のベースは難しいので注意です。23~24小節にかけて、全体ではC#7(♭5)のコードとなっています。いわゆるハーフディミニッシュで、少し切ないような独特の響きがあります。
25小節の”といかけて”ではソプラノ、テナーがそろっています。ほとんどユニゾンですね。ここではアルト、ベースがヴォカリーズで雰囲気を作っています。ここもソプラノ&テナー、あるいはアルト&ベースのように取り出して練習してみると良いでしょう。
続いて”あなたと”からは4パートでタテが揃います。これによりハーモニーが分厚くなり、歌詩にも力強さが出てきます。
28~29小節のロングトーンでは、テナーの音が変化することで和音が解決し、トニック(=G)に落ち着きます。曲としても大きなまとまりを迎えますので、しっかりと決めましょう。
【D】ハミングで優しい雰囲気を演出
【D】はソロが主役の場面ですが、ハミングも雰囲気を作る上でも大切です。
全体的には柔らかく、優しい雰囲気・サウンドにできると良いでしょう。
スラーでフレーズのまとまりが示されています。これを意識することで、ハミングのメロディーどうしが絡み合って、立体的な音楽にもなります。
また、38~39小節のハミングの音型は、“うたが”という歌詩に沿ったものになっていることにも注目です。
【E】複雑な和音の攻略
【E】ではセブンスなどのやや複雑な登場します。
似たフレーズである【B】でも同様に登場していますので、ここでまとめて解説したいと思います。
44小節1拍目の和音は「ド-ミ-ソ-シ」のCM7です。ソプラノの「レ」はメロディーなので一旦置いておきましょう。
この和音の骨格となるのはアルトとベースです。これで「ド-ミ-ソ」のCの和音ができます。まずはこの2パートだけでしっかりとハーモニーを作りましょう。
テノールの第7音の「シ」は、Cのコードを聞きながら入る練習をしましょう。
ベースの「ド」の音とは長7度の音程で難しい関係になりますが、気持ちよくハマるところがあるはずです。
もし「シ」が入った和音の完成形のイメージができないようであれば、ピアノで弾いて、あらかじめゴールを確認しておくのも良いと思います。M7系のコードは都会的で、ドライ、緊張感があり、やや切ないような響きも感じられます。
最後にソプラノです。メロディーではありますが、「レ」の音はadd9の音とも取れます。テナーと同様、和音を聴きしながら歌うことを意識しましょう。
【F】タテの揃いを再び整理して
場面としては【C】と同様です。
どのパートとタテが揃っているかを確認しておくと良いと思います。
“ほほ”の言葉は伝わりづらいのでhの子音を意識しましょう。
【G】転回形を知っておこう
【G】はソプラノからテナーへ引き継がれるメロディーを、その他の3声のヴォカリーズで支えるという形になっています。
どのような和音になっているか、またそれぞれのパートの役割はどうなっているかを確認しましょう。流れとしては次のようになっています。
G → D/F# → C/E → Bm/D
分数コードのところはベースが第3音を歌う第1転回形となります。基本形と比べると柔らかい響きで、この場面の曲調によく合った和声が選択されていることが分かりますね。
普段は根音を歌うことが多いベースパートですが、第3音を歌うときは、より繊細なピッチコントロールを意識して、どっしり感よりふんわり感のイメージが必要です。
【H】先を見据えたクレッシェンドで
【I】に向けて盛り上げていく場面です。先を見据えて計算してクレッシェンドしていくことが必要です。
【I】クライマックスを作ろう
【I】は曲全体を通りてのクライマックスの場面です。盛り上げて歌いたいですが、声を荒げないように。耳を十分に使って発声・ハーモニーも大切に歌いましょう。
79小節ではいったんmfにしておいて、再びクレッシェンドして81小節のロングトーンに向かいます。いったん音量を抑えることで、その後のクレッシェンド、そしてffが一層効果的になります。
和声的は、ベースが少しずつ上昇していく「ラ → シ → ド → ド♯」のラインが特徴的です。上がっていくのにはエネルギーが必要ですが、そのエネルギーが感動的な力強さをもたらしているのです。
81小節では【C】や【F】で登場したハーフディミニッシュの和音が三度登場しています。ffの音量も大事ですが、その後のデクレッシェンドはそれにも増して聞かせどころになると思います。
【J】繊細に締めくくろう
pの”ここから”は、音量の面で繊細なバランス調整が必要です。ベースの音域が高い上、テナーと同じ音になるので、どうしても「レ」の音が大きくなってしまうからです。
また、83小節の”はじめる”でベースはオクターブ下がります。降りた先のピッチが安定するよう注意してください。低音が加わることで和音に質量感が出てきます。
最後に、88小節の和音を見ておきましょう。構成音としては「ソ-シ-レ-ファ♯」で、GM7の和音です。土台となる和音は「ソ-シ-レ」、つまりGの和音です。まずはこれらの音を担当するパート(ソプラノ↓以外)だけで、和音を作りましょう。続いて、そこにソプラノの「ファ♯」を入れる練習をします。「ソ」と半音違いなのですが、「ぶつかる」と意識するよりは、気持ちよく調和するポイントを探す意識を持ってほしいと思います。しっとりと、余韻を感じさせるような雰囲気を演出しましょう。
終わりに
ここまで、和音・ハーモニーに関することを中心に、練習・演奏のコツを解説してきました。
その他にもっと詳しく知りたいことがあれば、お問い合わせからお気軽にご連絡ただければと思います。(他の曲のことでもOKです。)
それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。