こんな声に答えます。
『人間』は『混声合唱組曲 未来への決意』に収録されている作品で、中学生向けのレパートリーとされることもありますが、難易度の高い曲となっています。
この記事では歌い方のコツや演奏するときのポイント、練習方法のアドバイスなどを合唱歴10年以上、合唱指揮者歴5年以上の筆者が詳しく解説したいと思います。
「曲が難しくてどうしたら良いか分からない!」という場合の助けになればと思います。
かなりレベルの高いポイントも盛り込みましたので、それらをクリアできれば確実にワンランク上の演奏ができるようになると思います。
もくじ
『混声合唱組曲 未来への決意』について
『人間』が収録されている『混声合唱組曲 未来への決意』はこのお二人による作品です。
- 作詩者…片岡輝さん
- 作曲者…鈴木憲夫さん
《未来への決意》の生まれた経緯や作品に込められた思いを楽譜の巻頭言(前書き)から引用しておきましょう。
まずは作詩者の片岡輝さんのコメント。
この組曲は、自然を大切にすること、優しさを失わないこと、互いを認め合い自分自身のことも大切にすること…などを、やさしい言葉で小学生に語りかけた、司馬遼太郎さんのエッセイ「二十一世紀に生きる君たちへ」のメッセージに感動した、ある合唱団の熱い想いから生まれました。
音楽之友社『混声合唱組曲 未来への決意』より引用
続いて作曲者の鈴木憲夫さんのコメント。
この詩の基になっているエッセイ「二十一世紀に生きる君たちへ」は、まさに様々な時代を旅してきた司馬さんならではの21世紀へ託した思いが熱く込められています。片岡先生はそのエッセイから「歴史」「人間」「自己」、そして司馬さんからのメッセージを未来へ伝える可く決意を謳った「決意」と、4つの詩を書かれました。いずれも共感以上の感銘を以て私はこれらに作曲しました。
音楽之友社『混声合唱組曲 未来への決意』より引用
これらのコメントで共通して登場する司馬遼太郎さんにも触れておかなくてはなりません。
司馬遼太郎さんは、歴史をテーマにした作品を多数書かれた小説家。
『未来への決意』のもととなった『二十一世紀に生きる君たちへ』は、そんな司馬さんが未来を生きる子どもたちに向けて書かれたエッセイです。
自然や歴史への敬愛、そして同時に人間という存在への愛を感じる文章で、『人間』の演奏に取り組む際には一読しておくと理解が深まるでしょう。
『人間』のおすすめ参考音源
こちらの演奏がかなり上手なので参考になると思います。
以下のような点に着目して聴いてみてください。
- 発声(どんな声で歌っているか?)
- 強弱のつけかた
- テンポの変化のつけかた
- 歌詩の伝え方(子音の出し方s, h, k, mなど)
特に子音の出し方は文章では伝えにくいので、この音源を真似していただくのが良いと思います。
『人間』の練習番号について
楽譜に以下のような練習番号をつけ、それに基づいて解説を進めたいと思います。
小節数もあわせて楽譜に書き込んでおくと便利です。
- 【冒頭】1小節~
- 【A】7小節~
- 【A’】16小節~
- 【B】20小節~
- 【B’】25小節~
- 【C】33小節~
- 【D】43小節~
- 【E】52小節~
- 【F】56小節~
- 【G】63小節~
- 【H】82小節~
- 【I】95小節~
- 【J】104小節~
- 【K】115小節~
- 【L】121小節~
- 【L’】130小節~
- 【M】134小節~
- 【M’】139小節~
練習番号をつけるメリットは大きく次の2点。
1点目は練習をスムーズに進められること。次は「今日は【C】の練習をします!」「【E】の手前から復習しましょう」などといった感じです。
2点目は曲全体の構成の理解に役立つこと。場面ごとの役割や繋がり、また共通する部分などが把握しやすくなると思います。構成を理解することは、緻密な音楽表現をしていく上でとても大切なことです。
詳しくはこちらの記事(【入門】合唱曲のアナリーゼ(楽曲分析)|やり方・ポイント【書き方の具体例あり】)もあわせて御覧ください。
『人間』の音取り段階でのポイント
本格的な解説に進む前に、音取り段階で役立ちそうな情報を、簡単にですがまとめておきます。
リズムと音を分けて攻略しよう
『人間』はリズムと音の両方が難しい曲。両方いっぺんに覚えるのが大変なときは、それぞれ分けて練習するのも手です。
リズムだけ練習する方法としてリズム読みがあります。これはピッチ(音の高さ)を無視してリズムだけを読んで歌う練習法です。
リズム読みでリズムをマスターしてから音取りに進むことで、メロディーを覚える際の負担を減らす効果があります。
特に『人間』のテンポが速い場面では、リズムが甘くなると曲の特徴が出にくくなってしまいます。それを避けるためにもリズムはカチッとマスターしておきたいところです。
また、歌詩がずれるところ、ロングトーンの長さも音取りの段階から合わせてチェックしておきましょう。
ユニゾン・ハモリの箇所を知っておこう
ユニゾン(各パートが同じ音を歌う)箇所とそうでない箇所を知っておくと音取りがスムーズに進みます。
『人間』では次のようなパターンになっていることが多いです。
- 全パートが同じ
- 女声どうし、男声どうしが同じ
- 高声(ソプラノ+テノール)どうしが同じ
どのパートが同じ音を歌っているのかを分かっていると、合わせたときに迷子になりにくくなります。
逆にハモるところも知っておくことも大切です。どんなハーモニーになるか意識して、周りの音をよく聴きながら歌いましょう。
ピアノパートもよく聴こう
『人間』では、実はピアノパートが合唱と同じ音を弾いているところが多いです。
音がまだ不安なときはそれも手がかりにしましょう。
高めの音、跳躍でしっかり上がりきろう
『人間』では曲の序盤から結構高めの音(「♯レ~ミ」)が登場します。
こういった箇所では、何も意識せずに練習していると音がぶら下がってしまう(正しい音まで上がりきらず、届かないこと)ことが多いです。
高めの音が出てくるなと思ったら、「次は高い音を歌うぞ」と意識しておきましょう。
さらに、発声練習をしっかりやったり、歌い始める前のブレスをしっかり深く取っておくことも有効です。
『人間』の全体練習(アンサンブル)のポイント
ここからは練習番号に沿って詳しく解説していきたいと思います。
【冒頭】1小節~
ピアノパートの前奏はテンポ感・リズム感を活かしましょう。
合唱が歌い出すタイミングが取りにくいと思いますので繰り返し練習する必要もあると思います。
【A】直前でピアノの左手が鳴らす「♯ファ」の音が重要な手がかりです。
【A】7小節~
【A】は強いメッセージ性を持った歌詩を歌う場面で、ここでのメロディーは曲全体を貫くテーマ、モチーフとなっています。
まずはテンポに乗り遅れないように
リズムが難しいときは音取りのポイントで触れたリズム読みをしましょう。
音程を無視して、リズムだけで歌うという方法です。
音程を無視するのが思ったより難しいかもしれません。そのときはすべての音を「♯ファ」の音で歌うとやりやすいと思います。
また、拍に合わせて手を叩きながら歌うのも効果的です。
全体的に硬めのタッチで歌おう
【A】の場面はmarcato(マルカート/固く)的なタッチで歌うのがマッチしています。
リズムをしっかり立てて、音を固めに当てて歌いましょう。このとき、全体で音の粒がそろうように歌い方を統一しましょう。
こうすることで後の【B】に出てくるlegato(レガート/なめらかに)との対比もつけやすくなります。
母音を響かせよう
テンポが速く、リズムが細かいフレーズの場合、母音(a, i, u, e, o)の響きが乗らないことが多いです。
そうなると全体的に声量が不足し、【A】の場面における強いメッセージ性が薄れてしまうおそれがあります。
ここではそうならないように母音を一つ一つしっかりと響かせる意識を持つと良いでしょう。
難しい場合は、母音唱という練習が効果的です。これは歌詩の子音を除いて母音だけで歌う方法。
例を挙げると次のようになります。
“むかしもいまも(mukasimoimamo)” → “うあいおいあお(uaioiao)”
ポイントはそれぞれの母音がはっきりと伝わるよう、口・唇をハキハキと動かすこと。
このように練習することで、細かい音符でもしっかりと母音を響かせられるようになると思います。
次にそのイメージを持ったまま、普通に歌詩の通り歌います。
今度は日本語が不自然にならないよう、口・唇を滑らかに使います。このときに先程の母音唱で練習した響きを保つようにしましょう。
子音を意識して言葉を伝えよう
母音ができたら次は子音です。
子音というのは、例えば”かわらない(kawaranai)”という歌詩ならk, w, r, nということになります。
子音を上手に処理することで、聞いている人が歌詩を聞き取りやすくなります。
特に大切な子音は各語句の頭の子音。【A】の場面ですと、”むかし”や”みらい”のm、”かわらない”のkなどです。
練習のときはちょっと大げさになっても良いので、これらの子音をはっきりと発音することを意識してみましょう。
子音の処理はなかなか難しいです。最初に挙げた音源を参考にしていただき、こちら(【日本語編】合唱の歌詩(歌詞)・言葉をはっきり伝えるためのコツと練習法)もあわせてご覧ください。
【A’】16小節~
女声と男声がずれて歌いはじめ、掛け合いをする場面になっています。
子音をうまく使ってアピールしよう
掛け合いの場面で大切なのは後から入ってくるパート。ここでは男声です。
新しいメロディーが現れたというのが分かるように工夫しましょう。
ここでも子音が役立ちます。“それは”のsを上手く利用することで、聞いている人の注意を女声→男声に惹きつけることができます。
このようにずれるメロディーのラインを活かすことで音楽に多様性や立体感が出てきます。
合流地点に集中しよう
【A’】の最初はずれて歌い始めますが、”いけるもの”で合流します。
女声も男声も、「ここで合流していっしょになるんだ!」ということを意識して歌いましょう。
そうすることで強い一体感が生まれ、”すべてが”という歌詩のアピールにもなります。
【B】20小節~
【B】から歌い方をガラリと変化させましょう。
滑らかな歌い方に切り替えよう
【B】にはlegato(レガート/なめらかに)の指示が書かれています。
これまでのmarcatoから歌い方を切り替える必要があるということです。
なめらかに歌う練習として、再び母音唱が役に立ちます。
先ほどは口をしっかり動かしてすべての母音をはっきりと響かせる練習として用いましたが、今度はなるべく口の開け方を変えずに、a, i, u, e, oの母音が曖昧になるように歌ってみましょう。こうすることでレガートに歌うイメージがつかめます。
次に普通に歌詞通り歌います。レガートに歌うイメージはもったまま、今度は歌詩が伝わるようにある程度はっきりと母音を発音します。
ロングトーンの切り口をそろえよう
22小節の最後のロングトーンは切り口がポイント。
ピアノパートの高音が鳴る直前に切るイメージで、伸ばす音の長さをそろえましょう。
その他に次のこともポイントです。
- 減衰しないこと
- ピッチが下がらないようにすること
- ハーモニーを意識すること
ハーモニーとしてはD♯mの暗い和音となります。構成音は次の通り。
- ソプラノ…「♯ラ」(第5音)
- アルト…「♯ファ」(第3音)
- テノール+バス…「♯レ」(根音)
男声の「♯レ」が和音全体を支える土台となります。この音がよくそろっていて充実した響きになっていると和音全体が安定します。
【B’】25小節~
直前のlegatoな歌い方から変化し、どちらかというと【A】でのmarcato的な歌い方に戻ります。
裏拍の食いつきを意識しよう
“しぜんに”、”いきて”、”きたと”というフレーズは裏拍で始まっています。
裏拍とは8分休符+8分音符の場所のこと。
こういった場所では入りが遅れやすいので注意が必要です。集中してタイミングよく歌い始めましょう。
次のフレーズをあらかじめ思い描いておくことも大切です。
デクレッシェンドからのfでメリハリをつけよう
27~28小節目にかけてデクレッシェンドがあります。
意味としては「だんだん小さく」ですが、ここで問題になるのはどこまで小さくするのかということです。
明記されていませんが、他に書かれている記号を手がかりに考えてみましょう。
【B】および【B’】はmfで歌い始めていますね。そこから小さくしていくということでmpくらいまで音量を落とす、という約束にしておくのが妥当なアイディアかと思います。
思い切ってpくらいまで落とすということも考えられますが、少しクサい(やりすぎていて大げさ)表現になってしまうおそれがあります。
また、曲全体を見渡すと曲の後半【J】でpが出てきます。構成的にはここで一番音量を落としたいところですので、そこと対比をつける意味でも【B’】ではやはりmpくらいにとどめておくのが良いでしょう。
デクレッシェンドの後はfです。この曲で初めて大きく盛り上がる部分で、曲全体を前半・中間部・後半の3つに分けたときに前半の山となる部分です。
ここで瞬時に切り替えて力強く歌うことで、直前の弱声との対比がハッキリするとともに、音楽に区切りをつけることができます。
【B’】2回目のデクレッシェンドは役割が違う!
31~32小節にかけて2回目のデクレッシェンドがあります。
1回目と2回目では役割が異なっています。それに注目して音楽を作ってみましょう。
先程少し触れましたが、【B’】までで曲前半の大きなまとまりが終わり、【C】から次なる新しい音楽が始まります。
そこで、大きな区切りをつけるというのが、2回目のデクレッシェンドの役割です。
音量を落とすことで、一旦音楽を終わらせるイメージです。若干テンポを緩めるのも効果的だと思います。
整理しておくと次のようになります。
- 1回目(27~28小節)…いったん小さくして次のfとの対比をつける
- 2回目(31~32小節)…前半の大きなまとまりを締めくくる
また、最後の小節の2分休符で音のない時間をつくることも、区切りをつけるために重要です。
【C】33小節~
ここから【C】で、また曲を大きく3つに分けたときの中間部に入ります。これまでと音楽がガラリと変化するということにもなります。
拍子が変わり、テンポもun poco meno mosso(ウン・ポーコ・メノ・モッソ/やや少し前より遅く)となっていますね。
メロディーを滑らかに美しく歌おう
3拍子に乗せた流れるようなリズムで、”はなのかんばせ”、”とりのさえずり”など美しい自然を描写するような場面です。
メロディーはlegatoな表情で、柔らかく歌えると良いと思います。
テノールは直前の女声をよく聴いて
39小節からは女声→テノールという歌詩の掛け合いがはじまります。
テノールの人は直前の女声の歌い方をよく感じ取って、同じニュアンス、同じ音のタッチで歌えるようにしましょう。
高い音域になるので難しいですが、声を張り上げずに、あくまで柔らかく歌いたいところです。
四声帯は充実した響きで
『人間』は混声四部合唱の作品ですが、実はこれまでのところ、全員ユニゾンだったり、女声どうしあるいはソプラノとテノールが同じ音を歌っていたりして、4パートに分かれて歌う部分ほぼありませんでした。
それに対し42小節は初めて四声帯の充実したハーモニーになるところで、聞かせどころです。
まずは各々のパートの音をしっかりと取ること、そして自分の声だけでなく周りの声も聴きながらハーモニーを作るという意識が大切です。
アカペラ(ピアノパートなしで)練習したり、ゆっくりとしたテンポで練習するのも効果的です。
rit.(リタルダンド/だんだん遅く)を使ってハーモニーをたっぷりと聞かせることもできるでしょう。
【D】43小節~
【C】から継続してレガートな表情の美しい場面ですが、拍子の変化にも注目です。
legatoでも伝わりにくい子音はしっかり目に
【D】では”ふうりゅう”、”はかりしれない”など、ハ行の言葉が出てきます。hやfは日本語の中でも特に伝わりにくい子音です。
伝わりにくい一方、ここではとても大切な言葉となっています。しっかり伝わるようにしましょう。
特に”ふうりゅう”のフレーズは女声→バス→テノールの順番で次々と入ってきます。
このようにポリフォニックな展開は聞かせどころとしてアピールしたいところです。
もしバスの動きが埋もれてしまうようなら、女声を少し抑えめに歌ってもらうのも一つの手です。
バスは低いので”ふうりゅう”くらいまでアピールできれば上出来。次のテノールに引き継ぎましょう。
男声の”U”は風や水をイメージして
“U”のように歌うことをヴォカリーズと言います。
歌詩はありませんが、そこに作曲者の意図が必ずありますので、なんとなくで歌って過ごしてしまってはもったいないです。
何らかのイメージを持って歌いましょう。私個人としては、風や水の流れをイメージして書かれているのではないかと感じます。
どのようなイメージを持つかは自由ですが、プレイヤーの中でその意識を共有・共感して歌うことが必要です。
空虚なハーモニーを作ろう
51~52小節のロングトーンは完全5度系の空虚なハーモニーとなっています。
ピアノパートはいったんなしで歌ってみると、透明な感じ、がらんどうな感じが分かると思います。
和音の箇所では音がよくそろっていないとハーモニーが濁ってしまい、効果が半減してしまいますので音をそろえる練習をしっかりと行いましょう。
和音の構成音は以下のようになっています。
- アルト・テノール…「♯ラ」(第5音)
- ソプラノ・バス…「♯レ」(根音)
「ドミソ」など普通の和音では音が3種類ありますが、今回の和音は音が2種類しかありませんね。
クレッシェンドは8分音符に向かって
同じく51~52小節では、伸ばす長さとクレッシェンドのペースもあわせて練習しましょう。
音符がタイで繋がって次の小節の8分音符にまたがっていますので、短くならないように注意が必要です。
ピアノパートの「♯レ」の音が聞こえたら切るというような合わせ方もできると思います。
また、その切り口に向かってクレッシェンドしていきます。fまでもっていくイメージでも良いでしょう。
【E】52小節~
【A】のフレーズを変形させてブリッジ(繋ぎの場面)として用いています。
逆接の接続詞を強く歌おう
【E】の最初の歌詩で”けれども”と逆接の接続詞が出てきます。
音量的には直前のクレッシェンドから継続していると考えてfで歌うと良さそうです。
非常にインパクトの強い言葉、場面となっているので音のタッチは硬めで、確固としたイメージで歌いたいところです。
発声的には”けれども”の”け”は音が比較的高い上、母音が潰れやすいく響きが乗りにくいので、直前の休符でしっかり体および口腔内の準備をしておくことが攻略のポイントとなります。
逆接の前後では逆のことを言う
“けれども”と逆接の後は、これまで歌ってきた内容とは逆のことを述べ始めるわけですね。
ここからは自虐的というか、ネガティブな内容になっています。
音楽的にもその対比をつけるため、音量をグッと絞ってmpで歌います。
また、音量だけでなく歌い方も変化させられるとより効果的です。
直前の”けれども”がmarcato的だとすると、“ひとはいつしか”はsotto voce(ソット・ヴォーチェ/柔らかい声で)的な表情があっても良いと思います。
加えてPesante(ペザンテ/重く、重々しく)という雰囲気があっても良さそうなので、ごく僅かにテンポを落としても良さそうです。
【F】56小節~
poco meno mosso(ポーコ・メノ・モッソ/少し前より遅く)の場面です。
テノールのメロディーは語るように
【F】のテノールのメロディーはParlando(パルランド/語るように)的なイメージです。
朗々と歌い上げるというよりは、淡々と語る感じがマッチするのではないかと思います。
合唱だけでも音楽が成り立つように
【F】ではピアノパートが和音を鳴らしていないので、合唱を支えてくれる役割はあまり期待できません。アカペラに近い部分とも言えます。
そのため、合唱だけでも音楽が成り立つようによく練習しておく必要があります。
具体的にはソプラノ・アルト・バスのUmをよく響かせ、合唱による和音が決まるようにしておきたいところです。
Umでは口を閉じるため、知らず知らずのうちに音量が不足してしまうことが多いです。
そのため書いてあるmpの指示よりも少し大きめの意識を持っても良いと思います。
ユニゾンになる箇所は集中して一体感を
62小節の”わすれた”は全パートが同じ音を歌うユニゾンとなっています。
ユニゾンでは当然ながら全員の音がぴったりと一つになることが必要です。
また、テノールだけが歌っていたところから4パートになり、声部が厚くなるになることで”わすれた”という言葉が強調されていることも知っておきましょう。
あくまでmpの音楽の中で、音の厚みで言葉の重みを表現していることろが作曲者の工夫です。
【G】63小節~
ここからa tempo(ア・テンポ/もとの速さで)となり、【E】のTempoⅠの速さに戻ります。
戻ったテンポに乗り遅れないように
ここから急に早くなるのでテンポに乗り遅れないようにしましょう。
指揮者・ピアニストとのコミュニケーションも大切です。
同じ音を歌うパートに注目しよう
【G】からしばらくは、一見4パートが別々の音を歌っているようですが、実はソプラノ・テノールは音が同じ音を歌っています。
また、76~77小節の”そのおかげで”は低声(アルト+バス)のみのユニゾンです。
繰り返しになりますが同じ音はぴったり同じになるように、お互いに聴き合って歌いましょう。
こういった箇所ではソプラノ+テノールだけ、またアルト+バスだけというふうに取り出して練習すると効果的です。
完全5度のハーモニーを決めよう
“いまちきゅうはやんでいる”のロングトーンは以前にも登場した完全5度のハーモニーです。
- ソプラノ・テノール・バス…「♯ソ」
- アルト…「♯レ」
このように2種類の音が組み合わさった和音となっています。やはり空虚、あるいはプリミティブ(原始的)なイメージを持ち、文脈によっては力強さも表現できる響きです。
澄んだ響きの和音を作るには、繰り返しになりますが、お互いの音をよく聴きあうことが重要です。
【H】82小節~
poco meno mosso(ポーコ・メノ・モッソ/少し前より遅く)で、この曲全体で最もゆったりとしたテンポの場面です。
しっとりと語るように
【H】でソプラノとテノールが歌うメロディーはしっとりと語るように歌いたいところ。
【F】でも登場したparlando的な音楽の場面です。
音量的にはmpですが、普段よりも響きの焦点を絞り、緊張感を感じさせる表現ができると良いと思います。全体の声を小さな一点に集中させるイメージです。
pではなくmpの指示なのは、メッセージが弱々しくならないようにという意図があるのではないかと想像しています。
他とは違うアルトの動きをアピールしよう
85~86小節は、伸ばしているソプラノ・テノール・バスに対してアルトが独立して動いています。
こういったところは見せ場としてしっかりアピールしましょう。
高声&低声の2部合唱
87小節~は高声(ソプラノ+テノール)と低声(アルト+バス)による二部合唱となっています。それぞれが同じ音を歌っているということです。
繰り返しになりますが、こういった場所ではまず高声だけ、低声だけで練習してみて、音がしっかりそろうようにしましょう。
また、女声だけ、男声だけで練習してもても新たな発見があると思います。
93小節~はすべてのパートが同じ音を歌うユニゾンとなり、強靭なメッセージが語られるフレーズとなります。
鼻濁音の歌い方
【H】では”ひとが”の”が”や、”おごりと”の”ご”などガ行が多くなっています。
ガ行はそのまま歌うと当たりがきつすぎて汚く聞こえるため、鼻濁音というテクニックが用いられます。
大げさに書くと、
- “が”→”んが”
- “ご”→”んご”
のように発音することで、ガ行の当たりを和らげることができます。
このまま歌うとそのまま”んが”に聞こえてしまい変ですので、ほんの少しだけ”ん”の音を入れるようにしてください。
“ん”の歌い方
同様に【H】で多いのが”しぜん”、”にんげん”などの”ん”です。
“ん”の音は響きにくいため、普通に歌うとそこだけ音が抜けているように聞こえてしまいます。
そこで”ん”は少しだけ強めに響かせるように意識して歌ってください。
こうすることでメロディーが自然に繋がって聞こえるようになります。
長いクレッシェンドとアッチェレランドは先を見据えて
87小節からpoco a poco cresc. ed accel.(ポーコ・ア・ポーコ・クレッシェンド・エド・アッチェレランド/少しずつ強く、そしてしだいに速く)が始まっていることを見逃さないようにしましょう。
かなり長くに渡ってのクレッシェンドですので、どれくらいのペースで大きくしていくか、先を見据えて計算しておく必要があります。“かえることができる”のロングトーンに入ってからもクレッシェンドを見せたいところです。
十分にダイナミクスの幅をつけるために、86小節の”しぜんは”を小さく歌い始めるのも有効な手です。
次の【I】からmfとなりますが、クレッシェンドの最大値がmfとなる必要はないので、fくらいまでもっていっても大丈夫です。むしろそのほうが効果的なクレッシェンドになるでしょう。
一方でアッチェレランドほうは【I】のpoco piu mosso(ポーコ・ピウ・モッソ/少し前より速く)に繋がるほうが音楽としては自然です。
【I】95小節~
poco piu mossoで前の場面よりも速いテンポになりますが、TempoⅠに比べるとちょっと遅めです。
前の音楽を引き継いで
音量の指示はmfですが、【H】の後半でかなり長いクレッシェンドがあるので、それを引き継いで大きめのmfになっても全く問題ないと思います。
ここでの作曲者の意図としては、「しっかり歌ってほしいけど、クライマックスの盛り上がりではないからmf」というように私ならば読み取ります。
fが出てきたら確実に1段階パワーアップ
続いて99小節からfとなります。
直前でmfよりも大きく歌う約束にした場合は、それに合わせて大きめのfにしておくと良いでしょう。
1段階分の音量変化がはっきり伝わるように、前の音楽との違いをアピールすることが大切です。
文章のまとまりで歌おう
“ふへんの”、”かちで”、”あるということ”という歌詩はそれぞれ間に8分音符が入ります。
音符の長さを守ることは必要ですが、一方でフレーズ感が細切れにならないようにすることも大切です。
対策として、ここでの休符ではブレスを取らないように決めておくと良いでしょう。
もとの詩を意識しておくだけでもフレーズ感はずいぶん違ってくるはずです。
デクレッシェンドの処理
102~103小節にかけて比較的長いデクレッシェンドがあります。
ここでのポイントは以下のことなどが挙げられます。
- 最後まで音が下がらないようにキープする
- 切り際をそろえる
- 母音の音色をそろえる
- 完全5度のハーモニーを決める
- デクレッシェンドの足並みをそろえる
【J】104小節~
曲全体を3つに分けたときの中間部のクライマックスを含む場面です。
声部の厚みの変化を活かそう
“いきとしいけるものすべてが”はソプラノ・テノールのみで歌います。
そのため、4パートによるユニゾンと比べ、少し軽く、線が細い感じになります。
次の”しぜんに”からは四声のユニゾン。音量の指示は同じでも声部が増えることによって音の厚みが増していることを感じ取って歌いましょう。
逆に言えばアルト・バスが合流することで不必要に音量がアップしてしまわないように留意する必要があるかもしれません。
3回の繰り返しの変化をつけよう
【J】では”しぜんにいかされていきているということ”というフレーズが3回繰り返されます。
こういった場合、どこが同じでどこが違うのかを把握し、それをしっかり伝えることが大切です。
違いをまとめると次のようになります。
- 1回目(106小節~)…音量=mp、四声でユニゾン
- 2回目(109小節~)…音量=p、高声だけでユニゾン
- 3回目(112小節~)…音量=f、四声でハモリ、maestosoなど
特に3回目はその前の2回とは大きく違い、曲全体の中で最も盛り上げるべき場面となっています。
以下の記号が書かれていることがその根拠となります。
- meno mosso(メノ・モッソ/前より遅く)
- maestoso(マエストーソ/荘厳に、威厳を持って)
- allargando(アラルガンド/次第に強めながら遅く)
テンポを落として歌うことで、たっぷりとした量感のある表現をしたいところです。
一つ一つの音符を力強く響かせて、クライマックスを形作りましょう。
フレーズの最後にかけてallargandoが書かれていますので、他の場面とは異なりデクレッシェンドはしません。むしろ終わりに向かって圧力を高めていくイメージで、”こと”までしっかりと歌い切りましょう。
【K】115小節~
ここから前半、中間部、後半に分けたときの後半です。
前半と同じところ、違うところを把握して歌うこと、また曲のラストの締めくくり方も重要です。
【L】【L’】【M】115小節~
【L】【L’】【M】は構成としては【A】【A’】【B】と対応しています。
新鮮な気持ちで歌おう
曲の最初と最後で同じフレーズが登場するのは音楽でよくあるパターンですが、「同じだな~」と思ってなんとなく歌ってしまうと音楽的にダレてしまうおそれがあります。
そうならないよう新鮮な気持ちで歌うようにしましょう。
歌詩的にも繰り返しになってはいますが、中間部の内容を踏まえた上で歌うとまた意味合いが違って感じられることもあると思います。
【M’】139小節~
【M’】は【B’】に対応する場面になりますが、曲の終わりを見据えて音楽を進めていく必要があります。
3回繰り返しの違いをつけよう
143小節から”しぜんこそがふへんのかちであるということ”というフレーズを3回繰り返し、曲を締めくくります。
この3回はそれぞれ変化があるので、作曲者の意図を汲み取った上で表現することが重要です。
それぞれ詳しく解説しておきます。
・1回目(143小節~)…音量=f、四声でハモる
1回目はfで、前半の対応部分である【B’】と同じですが、そのときよりも盛り上げる気持ちを持ちたい場面です。
【M’】は曲の最後の場面なので、ここで盛り上がりを作ることで曲を終えたときの終止感を強めることができます。
逆にここの盛り上がりが中途半端だと、聞いている人に「あれ、終ったの?」という印象を持たれてしまいかねません。
音量だけでなく、確固としたメッセージ性を持って歌えると良いと思います。
・2回目(147小節~)…音量=mp、四声でハモる
音楽的には1回目~3回目とだんだん小さくなっていくという作りになっていますが、これをどのように解釈を与えるかは重要です。
以下、個人の印象を述べます。
当初は”しぜんこそがふへんのかちであるということ”という理想に対し、現状はそうなっていないことへのアイロニーや諦めの表現であるように考えました。
ただ、楽譜の巻頭言(前書き)などやこの曲のもととなった『二十一世紀に生きる君たちへ』を読むと、そのように取るべきではないようにも思えてきます。
そうすると、力強いメッセージをあえて弱声で表現することで、優しく伝えようとしているのかな、とも考えられる気がしてきました。
以上の考えはあくまで一個人の例ですが、なんにせよ何らかの意見・意志を持って表現するべき部分だと思います。そうでなければ表面的な表現になりません。
かなり難しい要求になりますが、この曲を取り上げるならば是非誠実に取り組んで、乗り越えてほしいと思います。
どのような結論になるかは分かりませんが、考えを持ち、それをプレイヤー全体で共有して演奏に臨むことは絶対に必要なことです。
・3回目…音量=p→pp、ユニゾン
3回目ではpからppと、この曲で一番小さい音量まで絞っていき、曲を終えます。
終止感を強めるため、ラストの”かちであるということ”のあたりで少しrit.があっても良いでしょう。
その場合、ピアノパートの8分音符とタイミングを合わせることも練習しておきましょう。
また、一番最後の2分音符分、静寂の時間を作ることも重要です。
まとめ:合唱曲『人間』演奏のポイント
最後までご覧いただきありがとうございます。
本文中でも述べていますが、音楽をやる上で大切なことは楽譜を読み取って作曲者の意図を想像することと、それをプレイヤーどうしでしっかり共有することです。
そして、そのようにして持ったイメージを音楽的に表現する技術が、練習を通して身につけるべきものになります。
解釈と技術が音楽づくりの両輪なのです。
この記事ではその技術の土台となる要素や練習方法についてかなり詳細に書かせていただきました。
良い演奏・良い音楽の助けとなれば幸いです。