《たったいま》(谷川俊太郎/松下耕)練習・演奏のポイント

《たったいま》は谷川俊太郎さんの詩に松下耕さんが作曲したアカペラの小品。美しいハーモニーの中に強い祈りを感じさせる作品です。
『混声合唱とピアノのための すこやかに おだやかに しなやかに』の初演時には、アンコールとして演奏されました。
この記事では《たったいま》を練習・演奏される合唱団の方に役立つよう、練習のポイントや音楽づくりのアイディアをまとめました。
ぜひご利用ください。
もくじ
《たったいま》の練習番号
練習を始める前に、楽譜に練習番号(【A】【B】など)を書き込んでおきましょう。
練習番号をつけることで、練習の際にどこから始めるかをスムーズに伝えることができますし、それだけでなく、場面のつながりを整理することができるようにもなります。
今回は次のようにつけました。
- 【A】…1小節~ “たったいま”
- 【A’】…5小節~ “こころのそこから”
- 【B】…14小節~ ”(死ぬ)ことは”
- 【C】…23小節~ ”こころはいつも”
- 【D】…33小節~ ”たったいま”
- 【D’】…37小節~ ”こころのそこから”
《たったいま》練習・演奏のポイント
ここからは先ほどつけた練習番号に沿って解説していきます。
ぜひ楽譜に書き込みながら読み進めてみてください。
【A】1小節~ “たったいま”
裏拍の感じ方を大切に
【A】では1~3小節にかけて、”たったいま”というフレーズが3回繰り返されます。
それぞれが、8分休符の裏拍から始まることに注目しましょう。
この入りのタイミングがとても大切です。こういったパターンの裏拍は遅れてしまうことが多いので、食いつきをしっかりと。ここでテンポ感が決まります。
一方で、裏拍に食いつくことを意識しすぎると、今度は余分なアクセントがついてしまって曲の雰囲気を損ねてしまうことになるので、注意しましょう。
8分休符の間にtの子音をしっかり準備する(この間、舌の裏で息が止まっています)こともポイントになると思います。
強弱のコントラスト
先ほど説明した3回の”たったいま”はそれぞれ強弱が異なります。
1回目がmp、2回目がmf、3回目がpですね。
練習では、これらの音量の違いを表現することに慣れるようにしましょう。mp→mf、mf→pへのコントラストをややはっきり出すほうが良いかと思います。
慣れたてきたら、これらの音量の差はなんのためにあるのか、それをどう表現したいかというところまで踏み込んでいくのが大切です。
テヌートの感じ方
4小節のpは、ただ単に弱々しくならないよう、真摯な気持ちの強さをうしんわようにしましょう。
”いま”にテヌートがついています。特にここで意志が強くなるようなイメージで。固いアクセントは必要ありませんが、「i」の母音が平板にならないように、良い響きで。
和声的には、ソプラノの”い”の音が、和音の第7音(=テノールのB)に対してぶつかる、倚和音になります。ぶつかるということはそれだけ緊張感が高まるということ。
”いま”という歌詩とそこに内包される意識、テヌート、和声を関連付けが感じられるフレーズです。
【A’】…5小節~ “こころのそこから”
8分音符・3連符をレガートに
5小節からのメロディーは特に8分音符や、3連符などの短い音符が続きます。
日本語のテキストをなるべくそのまま、自然に語るようなフレーズです。
こういったフレーズでは8分音符がブツブツと切れてしまいやすいので、レガートを意識して、その中で言葉の抑揚を付けられると良いと思います。
例えば”こころの”では語頭に当たる”こ”を特に豊かに歌いたいところですが、それを気にするあまり不要なアクセントがついてしまってもよくありません。
”あらそいも”からは3連符が出てきますが、急ぎすぎないように、また3連符を均等に割ろうとしすぎてギクシャクしてしまわないように。あくまで自然に語るイメージで歌えると良いでしょう。
まずは母音唱(母音だけで歌う練習法)で、声の響きとレガートを確認したうえで、歌詩で歌う練習に入るのも効果的です。
一瞬の休符とユニゾンを印象的に
10小節の”だれもが”の後の8分休符はとても大切です。
この瞬間、どのパートの音を出していない「無音」の時間を意識的に作りましょう。
その後の”たったいま”はソプラノとテノールのユニゾン。続いて”しぬかも”はさらにアルトとバスが加わったユニゾンです。
これまでハモっていたところからユニゾンになると、そこで歌われる言葉に、よりいっそうの力強さが生まれます。
今回の場合はそれが、2パート→4パートとなることで、二段構えになっているというわけです。
強弱的にはpになりますが、声部としては増えるため、より凝縮感が高まるフレーズとなっています。
【B】14小節~ “(死ぬ)ことは”
主役と背景
【B】からはソプラノが主旋律を担当し、それ以外の3パートは背景として、それに対する対旋律やハーモニーを受け持ちます。
背景のパートの人は抑えるべきところ、目立つべきところをぜひ意識して歌ってほしいと思います。
具体的には、14小節の歌詩は”a”ですから、主旋律を邪魔しないように柔らかく。ただし、ハーモニーは正確に。弱音をお腹でしっかり支えるのがポイントになりそうです。
15小節、17小節では、ソプラノの動きが少なめなのに対し、下3パートが8分音符で動きますから、やや積極的にアピールしたいフレーズです。ただし、あくまでp系の音楽の中で表現することを忘れないようにしましょう。
メロディーと和音の関係
21~22小節(”ふるえている こころは”)はぜひハーモニーをしっかりと確認・練習しておきたいフレーズです。
下3パートによるコードを確認しておきましょう。以下のような進行になります。
C → D♭ → E♭ → G♭
役割としてはまずバスが根音、テノールが第5音、そしてアルトが第3音となっています。和音が変わっても役割は変わりません。和音が平行移動していくような進行となっています。
男声の完全5度をきれいに決めておくと、全体の響きが整いやすいと思います。
もう一点、気にしておきたいのがメロディーと和音との関係です。
21小節から、ソプラノは「ド」を伸ばし続けますが、和音は変化していくため、メロディーと和音の関係が移り変わっていくということになります。
まずCに対しては、ドは根音となります。そのため和音の中に完全に溶け込む音です。
次にD♭に対しては第7音、この場合は長7度ですから、ソプラノも和音に含めるならD♭M7というコードになります。根音とは半音の関係ですからそれなりにハードな関係です。
E♭に対しては第6音、同様に考えるならE♭6となります。第5音に対して全音でぶつかっていますから、これも緊張感のある和音です。
最後のG♭に対しては第11音となっています。同様にG♭11となります。第5音とは半音でぶつかる上、根音との関係も増4度となっており、非常に緊張の強い和音です。
つまりここの2小節間では、音量的なクレッシェンドだけでなく、メロディーと和音の関係でも音楽が高まっていくような構造となっていることが分かります。
ソプラノの人は和音から受ける圧力の変化、下3パートの人はソプラノの伸ばすドの音から受ける圧力の変化を互いに感じながら歌い進めてほしいと思います。
【C】23小節~ “こころはいつも”
フォルテでもレガートに
ここからはfで盛り上がる場面になります。繰り返しになりますが、ここでもレガートをキープすることが重要です。
ここで余分なアクセントをつけてしまうと、せっかくここまで作ってきた世界観を損ねてしまうため、あくまで丁寧に進めたいですね。
高音での注意
27小節の”そんなこころの”でクライマックスを迎えます。
ソプラノが高めの音域です。母音が潰れてしまわないよう注意が必要。日々の発声練習でよくトレーニングしておきましょう。
”こころの”のo母音では、口の空間の奥行きをしっかりと取るように意識しましょう。幼い響きになりやすいフレーズだと思います。
ソプラノとアルトはオクターブユニゾンになることも注意しましょう。
掛け合いと8分音符の流れ
【C】では女声が先行し、男声が遅れて入るというつくりになっています。
どちらかが休みや伸ばしている間はもう一方が動くというように、常にどこかに動きがあるようになっています。
これらの8分音符がよく流れるように、お互いの声をよく聞き合いながら、タイミングよく入っていくことが必要になると思います。
和音の移り変わりを感じて
32小節では、rit.とデクレッシェンドを伴いながら和音が変化します。
21~22小節と似ているようですが、和音の色彩の変化はより繊細な感じを受けますね。
練習の際には、それぞれの瞬間の響きをしっかり確認しておきたいフレーズです。
ゆっくりとしたテンポで練習する、あるいは一つ一つの音で毎回伸ばしてみるなどの方法が有効だと思います。
【D】33小節~ “たったいま”
ppをキープして
【D】は【A】のフレーズを再現する場面です。【A】との違いを確認した上で表現することが大切です。
大きく異なるのが強弱です。ppとなっており、【A】よりさらに小さい音量が求められています。
sempreは「常に」ですから、【A】で触れたような強弱のコントラストはつけません。
36小節のテヌートもなくなっています。これはpp sempreに関連するもので、フレーズの抑揚も控えて、という意図が反映されていると考えられます。
全体として、弱声を柔らかく、一方で張り詰めたような気持ち、緊張感を保って歌うイメージかと思います。
【D’】…37小節~ “こころのそこから”
祈りを込めて
ここからもpp sempre(およびその音楽)は継続すると思っておいたほうが良いでしょう。
8分音符主体のメロディーですが、拍節的にならないよう、フレーズ感と、レガートをキープできると良いと思います。
ハーモニーの色を味わって
40小節の1拍目で主和音であるF-durに解決します。
3拍目では、男声の音が降りていくことによる音のにじみを感じて。
41小節のLentoではテンポがゆっくりになりますから、和音一つ一つのの色彩をよく感じ取ってみてください。
臨時記号の♭が入る”えれば”のコードが特にポイントとなると思います。
まとめ
《たったいま》は、シンプルな構成の中に、言葉と響きの繊細な変化が積み重なっていく作品です。
裏拍の入りやレガート、強弱のコントラスト、そして和音との関係など、一つひとつを丁寧に積み上げていくことで、音楽の深みがより感じられるようになります。
本記事の内容が、日々の練習や音楽づくりのヒントになれば幸いです。
皆さまの演奏が、より豊かなものになることをお祈りしております。
何か分からない点などありましたら、お問い合わせからご連絡ください。
この度はリクエストいただき、ありがとうございました。




